第93号:「アイラ島。シングル・モルトの聖地巡礼」・・・『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』

先日「村上T」でジュラ島の蒸溜所のことを書いたところ、1999年に刊行されたこの本『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』のことを友人が教えてくれました。私はこの本はまだ読んでおらずスルーしていたようです。

 

「村上T」でもジュラ島とともにアイラ島シングル・モルトの話は出てきて、その旅で2つの島を一緒に旅したことが書かれていました。アイラ島には7つの蒸溜所があり、その蒸溜所の中の「ボウモワ」と「ラフロイグ」の蒸溜所を村上さんは見学したそうです。この本が刊行されたあとの2005年に、もう1つ「キルホーマン」という蒸溜所ができ、現在アイラ島の蒸溜所は8つになっているようです。

 

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滞在中に、村上さんはその7つの蒸溜所のシングル・モルトをもちろん試していて、「『癖のある』順番」に記載しているところも面白いです。

 

それぞれの蒸溜所で、ディスティングレシピ(簡単に言うと、蒸溜のためのレシピ)があり、グレイン(穀粒)、水の質、樽、ピート(泥炭)の使い方、寝かせ方などそれぞれに違っており、「哲学があるのだろう」と書かれています。

 

アイラ島の厳しい自然の中で、潮風にも揉まれ、時間をかけて寝かされるとさてどんな風味なのか、気になってしかたありません。

 

そして、生牡蠣にシングルモルトをかけて食べるという「島独特の食べ方」があるといいます。「たまらなくうまい」そうです。あー、と思わずため息がでます。

 

いますぐにでも品揃えのいい酒屋に向かいたくなるのですが、でもこの本のあとがきにあるように「うまい酒は旅をしない」。産地であるからこそ味わえるものがあるということでしょう。村上さんの言葉を借りれば、産地から離れれば離れるほど、「その酒を成立せしめている何かがちょっとずつ揺らいでいく」ということなのでしょう。

 

お酒を飲むとそのお酒ができた小さな島や小さな町のバー、そのときの空気、人々など様々な情景を思い出すというようなことが書いてあり、それはウィスキーに限らず、他のお酒でもいえることだなあとしみじみ思いました。旅行の仕事に携わる私の心にしみます。

 

最後のしめくくりとして、あとがきの最後の言葉を引用させてもらいます。

旅行というのはいいものだなと、そういうときにあらためて思う。人の心の中にしか残らないもの、だからこそ何よりも貴重なものを、旅は僕らに与えてくれる。そのときには気づかなくても、あとでそれと知ることになるものを。もしそうでなかったら、いったい誰が旅行なんかするのだろう?

    本書あとがき『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』より引用

 

 

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)

<単行本の書誌データ>

もし僕らのことばがウィスキーであったなら / 村上 春樹著;村上 陽子写真

東京 : 平凡社 , 1999

119p ; 20cm