umemedaka-style’s diary

本と旅をつなぐブログ

第137号:バスク地方・・・Euskadi(エウスカディ)

馳星周氏の小説『エウスカディ』を読みました。
そのきっかけというのは、お客様から「バスク祖国と自由」というタイトルの旅をしたいと連絡があったからです。最初は良く分からず、??という感じでしたが、どうもそれはETAに関連することらしく、探していたらこの本にたどり着きました。

 

旅行の仕事でもよく扱う北スペインのバスク地方ですが、サンセバスチャンやビルバオ、ゲルニカやバスク人についてより知るきっかけになるのではないかと思います。バスク人の律義さやスペインとひとまとめにされてしまうことの違和感を読者もこの本から感じ取れるかもしれません。

 

簡単なあらすじとしては、スペイン・バスク地方を舞台に、1970年代の「過去」と2000年代の「現在」が交互に描かれる物語で、過去(1971年〜)のほうでは、 赤軍派のメンバー・吉岡良輝(ワルテル)は、軍事訓練を受けるためにスペインのバスク地方へ渡ります。そこで彼は、フランコ独裁政権からの独立を目指す過激派組織ETA(バスク祖国と自由)に合流。過酷なテロ闘争に身を投じる中で、現地の女性マリアと恋に落ち、組織の重要人物として重用されていきます。実際にあった首相暗殺事件の前にワルテルは亡くなりました。どういう経緯で亡くなったのかはわからないまま話は進んでいきます。

 

現在(2005年〜)のほうでは、元柔道スペイン代表選手のアイトール吉岡は、死別した父・良輝(ワルテル)がかつてテロリストだったという衝撃の事実をある日、知らされます。父の足跡を辿り始めたアイトールでしたが、真相を知るはずの母マリアが突如失踪し、関係者も次々と殺害される事態に陥ります。父が抱いた理想の果ては何だったのか。そして、30年以上の時を経て「現在」を脅かす裏切り者の正体は・・・。二つの時代の物語が重なり合い、思いがけない結末に突き進みます。

 

美食の町とされるサンセバスチャンやグッケンハイム美術館などでアートの町として再生したビルバオ、ビスカヤやサン・フアン・デ・ルス(仏語でサン・ジャン・ド・リュズ)などの地名も出てきます。

 

1970年代、学生運動の中心として活動していたおじ様が近所にいらっしゃって、よくその頃の話を聞かされていたので、私にとっては全く知識のない話ではなかったのですが、それでも日本の赤軍派がパレスチナのPLOやETAと一緒に活動していたとは、この小説が事実であれば私は全く知らなかったので少々驚きました。その70年代の世界的なうねりはどのようなものだったのか、いまから想像するのはなかなか難しいことではあります。

 

旅行に行く前に読んでいくと、もう少し違った角度からも見られるかもしれません。

 

 

 

第136号:埼玉のスーパーといえばこれ!・・・「平場の月」

今年も気が付けばあとわずか。やっと時間ができた感覚があり、今さらながら、私自身のウェルビーイングに(Well-being)について考えてみたりした。

世間では「クリスマスツリーを早く飾った人のほうがウェルビーイング度が上がる」という話があるらしく、私の場合はというと、今さらながら、「本を読むこと」なんだよねと思うわけで、この1,2年まとまった読書ができなくなっていたので(動画に時間を取られてもいるわけですが)来年は読書会も主宰してみようかと思っている。

 

さて、この「平場の月」はいま映画が公開されている。主人公の青砥♂を堺雅人、須藤♀を井川遥が演じている。

 

舞台は埼玉の朝霞。青砥健将と須藤葉子は中学の同級生で、青砥は中学時代に須藤に告白して振られた過去がある。

 

50歳になって健診で引っかかった青砥が精密検査で行った病院内のコンビニで働く須藤と再会した。

 

青砥は離婚して地元に戻り、須藤も諸々合って地元に戻ってきていた。二人は再開し、交流していく中で惹かれあっていく。そんな二人が買い物に行くのが、ヤオコー

埼玉を代表するスーパーで、今は埼玉に住んでいない私も大ファンでよく行ったりする。

 

”平場”というのは、普通の場という意味を含んでいるらしいけれど、この小説の中では平民という意味合いで使われている。

 

玉出身の私は、朝霞のスーパーもちょっとおしゃれして出かける池袋の西武百貨店やメトロポリタンホテルのレストランも、あーなんかわかる「平場」の人々の感覚。いや、埼玉県民の感覚か。

 

ヤオコーで青砥と須藤が二人で買い物していたら、ローカルパパラッチ&スポークスマンみたいなウミウシに似ている同級生のウミちゃん♀と遭遇して、あっという間に話が拡がり、ウミちゃんが考えた起承転結に落とし込みされて話が展開されているという話も挟みこまれていて。このあたりの辟易するような平場感も興味深い。

 

話を戻すとこの小説、かつて思いを寄せていた女性に人生紆余曲折して一周まわって50歳で再会するという、とてもロマンティックな話を想像していると、おやっという展開が待っていて、ネタバレになるのであまり言えないのだけれど、アラフォーの私には話がとてもリアルに感じる面もあって、なんとなく怖くなった。

 

テンションはやや下がるけれど、ありです。

 

平場の月 (光文社文庫)

平場の月 / 朝倉 かすみ著

東京 : 光文社 , 2018

252p ; 18cm

 

 

 

第135号:引き寄せる?・・・「聖灰の暗号」

私がトゥールーズに行くに際して読んでいた帚木蓬生氏の「聖灰の暗号」ではローマ・カトリック教会に弾圧され消滅したとされるカタリ派について書かれていたが、トゥールーズを観光していた時に街の中心エリアにあるサンセルナンバジリカの近くで、サンレーモンド博物館で行われるこの「CATHARES(カタリ派)」の看板を見た。カタリ派について、とても関心を持っていたので、偶然の出会いに驚いた。でも、この展示会は私が帰国した後に行われるので見ることはできなかった。

 

このサンレーモンド博物館は、サンセルバンバジリカの隣に位置している。帰国してガイドブックを読みかえしてみると、サンセルバンバジリカには、「偶像崇拝を拒んで殉教した聖セルナンに奉献されている」と書かれていた。とても高い天井であるにも関わらずロマネスク様式でできており珍しいと思った。

 

Cathares. Toulouse in the crusade at the Musée Saint-Raymond


openagenda.com

 

このサンセルナンバジリカの近くには図書館がある。「聖灰の暗号」の中で、主人公アキラが最初に第1の手稿を地図の中に見つけるのが市立図書館であったが、現在は市立図書館という名の図書館はないようで、この街の中心にある図書館がそのモデルではないかと思っている。この図書館の名前は「Bibliothèque d’étude et du patrimoine」といい直訳すると「研究(学び)と文化遺産の図書館」という意味らしい。

 

www.bibliotheque.toulouse.fr

 

読書をいうのは不思議なもので、関心を持つと偶然にも更なるものに出会うことが多い。この「聖灰の暗号」を読んでいなければ、おそらくカタリ派の展示会があっても看板の脇を素通りしていたと思う。

 

 

 

 

 

第134号:カタリ派の地・・・「聖灰の暗号」

先日、出張でトゥールーズとその周辺のワイナリーを巡っておりました。

トゥールーズ周辺を舞台にした小説を読んでから行こうと思っていたのですが、結局、旅の移動の途中に読みつつ、帰国してから読み終えました。

 

カタリ派」という名前は、以前も聞いたことはあったのですが内容も分からず、この小説に出てきて始めてしりました。オクシタニ地方のトゥールーズから南西部がこの小説でも舞台になっており、フランスのカタリ派はアルビジョアとも呼ばれています。

 

カタリとは清浄を意味し、極めて禁欲的で質素な生活、偶像崇拝を好まず、教会がなくても洞窟や炭焼き小屋などで隠れて祈りを捧げ、伝道師は移動しながら伝道するかたちで、農民のみならず、その土地の領主も強く信仰していたことがこの本にも書かれています。1208年、ローマ教皇カタリ派を征伐するために、十字軍を開始し、それはアルビジョア十字軍としても知られています。特に、ベジエ、カルカソンヌ、アトランカヴェルは抵抗しました。最後には1244年3月16日のモンセギュール城では、カタリ派の信徒たちが尋問や拷問を受けましたが信仰を捨てることを拒否して火刑に処されました。

 

正直なところ、私はカルカソンヌにも何回か足を運びましたが、このあたりの歴史についてはあまりよくわかっておりませんでした。今年9月から、3㎞の城壁の全区間が観光できるようになったとのことでアルビジョア派が徹底的に守ろうとしたカルカッソンヌの強固な城壁を目の当たりにできるのではないかと思います。そして、歴史を知っていれば往時に思いをはせることができるのではないかと思います。

 

この小説では、ローマ・カトリック教会が残そうとしなかった尋問記録や火刑の様子を、教皇の傘下であるベネディクト会の修道僧が個人的には書き残した文書の一部が偶然にトゥールーズ市立図書館で見つかるところから始まります。主人公アキラは研究者ですが、その文書の一部をヒントにその続きとなる文書を探していきます。その文書を見つけ出そうとする別の組織とは?

 

その手稿を修道僧レイモン・マルティはローマ・カトリック教会大司教カタリ派への尋問をオクシタニ語で通訳をして記録を残す職務についていたベネディクト会の修道僧だということがわかります。そして、このラングドック地方(現:オクシタニ地方)のモンセギュール城の近くのモンフェリエの出身でした。

 

最後には、ローマ教会のカタリ派への尋問、火刑のみならず、この地で起こったことを記した修道僧レイモン・マルティの手稿に電車の中で読んでいたんですが、涙が止まらず・・・

 

この小説の中では、カタリ派と同じく弾圧された天草の隠れキリシタンについても言及されています。あらためてハッとさせられます。

 

700年近く前の出来事ですが、モンセギュール城は今も堅牢な城壁をもって聳え、実際にこの地にあったことを今も物語っています。

モンセギュール (アリエージュ県) - Wikipedia

 

エキサイティングな内容というだけでなく、歴史の中を見ても、今の世界情勢を鑑みても何が正義なのか、考えてしまいました。

 

聖灰の暗号(上)(新潮文庫)

聖灰の暗号〈上〉 / 帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい)著

東京: 新潮文庫,  2009.12

362p, 15cm

 

 

 

聖灰の暗号(下)(新潮文庫)

聖灰の暗号〈下〉 / 帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい)著

東京: 新潮文庫,  2009.12

396p, 15cm

第133号:家族の形いろいろ、ナポリ近郊の町・・・「イタリア発イタリア着 」

大変ご無沙汰しています。

 

1年延期して2021年に開催された東京オリンピックから3年。パリオリンピックが先日終わりました。

今年は、パリオリンピック期間中にパリへ行くお客様が結構あり、なんだか落ち着かない日々を過ごしていました。

 

久々に書いてみようと思ったのは、やはり内田洋子さん。

内田洋子さんの書いていた文章の中で、たまたま出会った老舗の本屋さん。

ぶらりと立ち寄ったときに「イタリア発イタリア着」と遭遇しました。

 

内田さんか最初に留学したナポリの話。この本には他にもナポリナポリ近郊に住む人の話が出てきますが、なかなか旅行では知ることのない話を興味深く読みました。

 

その中の一つ、「不揃いなパスタ」では、内田さんと同じ大学に通う、クールな印象のカルメンとそのカルメンに憧れるように甲斐甲斐しく彼女をいつも学校までエスコートするニーノの話でした。

 

カルメンは、ナポリの郊外の特徴のない田舎街で裕福な暮らしをしていて、両親の留守に友人を呼んでパーティーをして、郊外で知り合いばかり多く娯楽のない町で時々毒抜きをしていた。

 

そんなカルメンのパーティーに呼ばれることのないが、ナポリに通ってくる彼女を毎日送り迎えするニーノは公務員を2,3年してから中国語を学びたいとナポリ大学に入学した。彼は、他の学生たちよりも随分落ち着いていて、大人びた印象。真面目そのもので、Tシャツ姿を見たことがなく長袖の綿シャツで、ジーパンは履かず、いつもプレスの効いたスラックスを履いていた。

 

内田さんが彼の家に行くと、公務員の父母と妹と弟がいた。家の隅々まで案内してくれたニーノの母。地方公務員と言っても質素な暮らしぶりで、午前の仕事が終わったあとに、ニーノの父は近所のよろず仕事を、母は家庭教師をしていたという。それでも冷蔵庫のドアには、観光名所の磁石のミニチュアが飾られ「家族の過去の幸せな時間」が見られた。

 

夕食の後は、深夜までモノクロの映画をニーノの家族と一緒に見た。家族にとっては、セリフも言えるほどに見慣れた南部の俳優が出る映画だった。朝は簡単に食事をするイタリアの中で、朝からパスタを煮込む匂い。ニーノの家では、体の弱かった息子のために朝から豆入りのの不揃いのパスタを煮込み朝食にしていた。すっかり、息子は元気に育った。

 

1960年代頃のナポリではあちこちでパスタを打って売る店があり、様々な形状のパスタが売られていた。その折れたり切れたりして残ったパスタを集めて、<交ぜ合わせ>パスタとして安売りしたらしい。それは下町の救世食となった。地道な時を重ねて今につなぐ生き方をするニーノの家族。

 

ナポリ近郊といっても、いろいろな家族がいて、カルメンの家族とニーノの家族の対比があり、イタリアらしいエピソードでもあり、思わずこみ上げてしまった。

 

イタリア発イタリア着 (朝日文庫)

イタリア発イタリア着 /内田 洋子著
東京:朝日新聞出版, 2019.2
p.300 , 15cm

 

第132号:Z**町図書館・・・「街とその不確かな壁」

第131号からすっかりご無沙汰しておりまして、失礼いたしました。
本を読まなかったわけではないのですが、小説から少々離れており、いろいろなことが気になり、乱読というのでしょうか。いろいろなジャンルの本を読んでいました。例えば、仕事術やマインドフルネス関連や量子力学など。

私にとってはかなり難解でしたが、村上春樹さんの「街とその不確かな壁」をやっと読み終えました。
この本の中で出てくる会津若松まで行って、ローカル線に乗り換えて、おそらくイメージとしては30‐40分のところにあると思われる「Z**町」。主人公の「私」は図書館の仕事を求めてやってきます。その名は「Z**町図書館」。館長の子易氏が造り酒屋として持っていた元醸造所を図書館に改装したという。

とても居心地のよさそうな図書館。
小説を読みながら、その図書館を想像するのも楽しいし、その図書館に行く沿線の風景を想像するのも心地いいです。

個人的に会津若松という地は、以前からとても気になっている地です。
中学生の頃に一度、剣道部の合宿の途中に、目的地は山形の米沢だったのですが、なぜか立ち寄ったことがあります。
私の実家では、私の家は元々会津の出身だといわれて育ってきたので、何か特別に感じてきました。その後、行くこともなく今に至っていますが、台東区谷中の菩提寺の墓に刻まれている、ほとんど判然としない「会津藩士」や「文政」という文字を墓参で見るたびに気になり続けているのでした。

この小説自体は私にとって、とても難解でした。
壁のある街と実在している考えているこちらの世界、こちらに住む人とあちらに住む人を普通であれば、生きている人と死んでしまった人と分けて片付けるところを、そうではない世界観で、さらに境界がはっきりしない、まさに不確かな壁がある。これをどうやって捉えるのかは読者にゆだねられているのがと思うのですが、うーむ。

たまたま私の中でその時期、共鳴するように興味を持った「ゼロポイントフィールド仮説」でいうところのゼロポイントフィールドには過去、現在、未来のすべての情報が記録されているということなので、その話と重ねていくと、勝手な解釈ですが個人的にはとても興味深く、でもそのあたりの知識を多少かじっただけの私にはさらに頭を悩ませるものでした。重要な場所として図書館というのも、「宇宙図書館」と関連するキーワードかなと勝手考えたり、そんな時間が楽しかったです。

架空の「Z町」であるのですが、只見線かな・・・など、馴染みのない土地なのに想像してしまうのでした。

街とその不確かな壁 / 村上 春樹著
東京:新潮社, 2023.4
p.661 , 20cm

第131号:ペール・ラシェーズ墓地・・・「モンテ・クリスト伯」(Ⅶ)

第7巻(岩波文庫)で終了の「モンテ・クリスト伯」。

 

この1800年代中盤の物語(1844年から1846年新聞連載)でも、パリに住む貴族だったり、著名人たちは、亡くなるとペール・ラシェーズの墓地に眠ることが書かれています。

 

この物語でも、ヴィルフォールの家のヴァランティーヌが丸薬を飲んだ後に亡くなってしまうシーンが出るのですが(ネタバレするので詳しくは書けません)、ヴァランティーヌが埋葬されるのも、このペール・ラシェーズの墓地でした。

 

場所はパリの中心から東寄りの11区と20区の境にあります。

東京で言ったら、谷中霊園とか青山墓地とかいう感じで都会にあるけれど、そこだけとても静かで昔と変わらない姿を残す墓地です。

 

私がツアーを作っている会社にいた頃、やたらコースにペール・ラシェーズを入れたがる上司がいて、悪趣味だと感じたことがあります。誰かを偲ぶためにこっそり出かけていくにはいいと思いますが、興味がない人たちを連れて団体で行くなんてナンセンスだなと思いました。

 

だから、ペール・ラシェーズの名を聞くと、そんな上司にも一言意見もできなかった自分を思い出します。

 

モンテ・クリスト伯 7 (岩波文庫)

モンテ・クリスト伯 /  アレクサンドル・デュマ著 ;山内義雄
東京 ; 岩波書店 , 1956