第104号:鹿嶋への旅・・・「旅する練習」

東京は3度目の緊急事態宣言に入り、今年もまた旅にも出られないゴールデンウィークになってしまった。私にとっては、ここのところ、やらなければいけないことばかりが頭をもたげ、心がざわざわ、本が読めない日々だった。

 

ゴールデンウィークに入って、やっと気持ちの落ち着きを取り戻し、「旅する練習」を読んだ。

 

主人公私の姪っ子の亜美(アビ)が、鹿島でのサッカーの夏合宿のときに、合宿所から持ってきてしまった本を返し行くということを名目に、2人で旅に出ることにした。

 

コロナの状況が悪くなりはじめた2020年の3月。

姪っ子の亜美(アビ・鳥のアビから由来)の中学受験が終わり、サッカーの名門の私立中学に入ることになっている。この旅ではサッカーボールを持って、川沿いの道でリフティングをしながら歩いて、合宿所のある目的地の茨城県の鹿嶋を目指す。私は小説家なので、好きな鳥類のことや時折文豪の過ごした町やゆかりの地を通りながら文章をしたためていった。

 

千葉の我孫子駅から出発。まずは手賀沼のほとりを歩く。利根川につながる川沿いの道をサッカーボールと戯れながら、佐原、小見川と千葉側を歩き、茨城側へ入り神栖、鹿嶋と行くルートで描かれている。

 

旅の途中には、みどりという、ちょうど大学を卒業して内定が決まっているという女性と木下(きおろし)貝層で出会った。彼女も鹿嶋にあるカシマスタジアムを目指していた。そこで3人の旅が始まった。

 

旅とは、あらためて自分を振り返る時間でもある。みどりも、初めてそんな時間を持った1人だった。この旅では、年下の亜美がみどりを勇気づける存在であり、頼もしい。

 

歩き旅の時間の中では、時に自問し、自分の不甲斐なさを感じたり、将来について考えたりする。そして、旅は出会いと別れだと思いながら読んでいた。

 

しかし、そうすんなりとは終わらなかった・・・。

あとは、読んでみてほしい。

 

この小説で6日間で歩いたとされるルートをかいつまんで書くと、スタート地点の我孫子手賀沼のほとりの白樺派志賀直哉やバーナードリーチ、柳宗悦(三樹荘)、嘉納治五郎が住んだエリア。滝不動、滝井孝作の旧居跡、鳥の博物館。その先の布佐では柳田國男が住んだエリアがあり、木下には貝層があった。水郷の町佐原は小島信夫の「鬼」で描かれた場所で、小島信夫が教師として赴任していた時代もあったという。そのあと、利根川を越えて、千葉側から茨城側に入り、北上。

 

そして、最終目的地の鹿嶋には鹿島神宮があり、社殿のある霊験あらたかな雰囲気の森参道を思い出し、旅の最終地にふさわしいと思った。

 

私はこのルートを、歩きではないが、車で旅したことがある。宿泊したのは大洗だったが、途中のカシマスタジアムを見たときには想像していたよりも大きく、そして、周りに何もなくて、びっくりした記憶がある。

 

この小説とほぼ同じルートなので、なじみ深く、さらに滝井孝作や柳田國男小島信夫のゆかりの地があったことを知り、あらたな発見もあった。

 

歩いて旅するのもいいかもしれない。

 

旅する練習

旅する練習 / 乗代 雄介著

東京 : 講談社 , 2021

p170 ; 20cm

 

 

 

 

 

 

 

第103号:ミラノの旧コルシア・デイ・セルヴィ書店・・・「霧の彼方 須賀敦子」

もっとちゃんと須賀敦子さんの本を読んでおけばよかったのに・・・と思ったのは、2000年代後半になって、私が旅行会社でツアーの企画をするようになってからだった。2000年代前半、イタリアによく添乗に行っていた頃に読んでいたら、もう少し違った見方ができたかもしれない。

 

白水ブックスの薄ピンクのカバーの『ミラノ 霧の風景』、『コルシア書店の仲間たち』、『ヴェネツィアの宿』、『トリエステの坂道』、『ユルスナールの靴』の5冊は、今も私の宝物だ。

 

今回、若松英輔さんの『霧の彼方 須賀敦子』を読んだ。この本以外にも、須賀さんに関する本はたくさん出ている。彼女が作家として活躍した時期は、彼女の晩年にあたり、その期間はとても短かった。それ故か、須賀さんが亡くなった後、須賀さんの生きた道をたどるような本は多い。

 

この本は、須賀さんをたどる本の中でも、特に須賀さんの信仰や思想(哲学と言ったほうがいいのかもしれない)について、重点が置かれているように思う。

 

その中も書かれているが、ミラノの旧コルシア・デイ・セルヴィ書店は、『コルシア書店の仲間たち』で描かれた書店である。ミラノの大聖堂から程近いサンカルロ教会の建物にある書店で、現在はサンカルロ書店(Libreria San Carlo)という名になっている。著者も書いているように、現在は神学系の本が店頭に置かれ、コルシア書店時代の中心人物だったダヴィデ神父の本などがならび、コルシア書店時代への回帰へが感じられるという。

 

著者の若松氏が『コルシア書店の仲間たち』について、こう書いている。

『コルシア書店の仲間たち』は、単なる須賀の回想録ではない。それは「現代社会のかかえる問題から決定的にとりのこされている教会を、どうやって今日のわたしたちが生きている時間に合わせるか」という革命的な問題に直面し、そこに突破口を開いた者たちの挑みの歴史物語でもある。

         本書『霧の彼方 須賀敦子』より引用

それを読んで、私の改めて考えた。須賀さんの夫となったペッピーノさんも『コルシア書店の仲間たち』で一人であり、タイトルからすると、楽しい仲間たちとの話のように見えがちだが、単なる出会いの場でなく、須賀さんの思想に基づいた行動や実践につながる場であったことを。

 

須賀さんの言葉は、美しく、静かで、全く押しつけがましくない。彼女が求めた道や信仰は、頭でっかちなものではなく、リアルに生きることにむずびついた内なるものであったと思う。

 

この本を読みながら、須賀さんの住んでいた1960年頃のミラノはどんな風だったのかと想像していた。

 

霧の彼方 須賀敦子

霧の彼方 須賀敦子 / 若松 英輔著

東京 : 集英社 ,  2020

471p ; 20cm

 

余談ですが、この本のなかに出てくる須賀敦子さんの書いた童話「わるいまほうつかいブクのはなし」は、とても興味深く、本でよみたいと思いましたが見つからず。どなたかご存じでしたら、教えてください。

 

 

第102号:2020年ロックダウンのヴェネツィアで「DECAMERON」を読むところから始まる・・・デカメロン2020

COVID-19で、イタリアがはじめにロックダウンしたのが、2020年3月9日。

ヴェネチアに暮らすヴァレンティーナさんとジュリさんはルームメイト。外出できなくなってしまったロックダウン下での自宅での長い時間を前に、昔の人はペストのときにどう過ごしていたのか、古典であるボッカッチョの「DECAMERON」を読んでみようということになりました。

 

そして、早速本島のベルトーニ書店に出向くと、希望していたとおりの装丁の美しい本を店主のアルベルトさんが出してくれました。赤い表紙に金色の刻印がされた大判で、4巻からなる「DECAMERON」でした。

 

そこから、このドキュメンタリーが始まり、イタリア各地の若者たちがロックダウン下の日々の様子を文章にしており、日記のように3月10日~5月17日まで続きます。

 

私は、おとといの3月10日から毎日1年前の同じ月日の文章を読むことに決めました。私にとっての「デカメロン2021」ですね。

 

こちらの本ですが、私はクラウドファンディングで昨年購入しました。Instagramにあげましたが、本以外にトートバッグなどもいただきました。


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私なりに、この1年の自分を振り返りたいです。私の1年前のコロナに対する将来の見通しが、浅はかだったのか。こんな風にして、コロナ禍の生活が始まっていったことを覚えておきたいのです。

 

また、今の自分を来年の私が振り返るのかもしれません。

 

でも、この2人がこのインターネットでなんでも情報が得られる時代に、古典の本に目をつけたことって、素敵だと思いませんか?

 

 

デカメロン2020

 

デカメロン2020 / イタリアの若者たち ; 内田洋子企画・訳

東京 : 方丈社 , 2020

256p

 

 

 

第101号:Camino Islandの書店ベイ・ブックス・・・「グレート・ギャツビーを追え」

2017年にアメリカで刊行されたジョン・グリシャムグレート・ギャツビーを追え」(原題「Camino island」)を読みました。訳者は村上春樹さんです。

 

読み終わって、一言いうなら、「あー、面白かった~」です。

 

久々に面白くて夢中になって読んだ本でした。ジャンルとして言えば、ミステリーなんですが、本筋以外の要素が私にとってはかなり魅力的でした。

 

物語は、プリンストン大学のファイアストーン図書館からスコット・フィッツジェラルドの直筆の5つの原稿が盗まれるという話からスタートします。

 

フロリダのCamino islandという海のリゾートでもあり、閑静な住宅が建ち並ぶ町で、主人公は独立系書店「ベイ・ブックス」を営むブルース・ケーブル♂。スランプに悩む新進気鋭作家のマーサー・マン♀。また、ブルースの妻でフランスからの輸入品を扱うアンティーク店を経営するノエル。Camino islandに住む、作家たちも魅力的に書かれています。

 

Camino islandは、架空の町のようで、ネット上では「アメリア島」ではないかなど、いろいろ言われていますが、それは大して重要ではありません。

 

私としては、ブルースはとても魅力的です。「ハンサム、やり手、知的で、業界における有名人、スマートなプレーボーイ、そしてなにより無類の本好き」これは訳者の村上氏が書かれていますが、まさにそんな人物です。スマートなプレーボーイなのに、無類の本好きというのが素敵です。

 

個人的な話ですが、以前このブログに書いた下の「古書店巡り」のシリーズで、はまってしまった希覯本の世界をまた思い出してしまいました。

umemedaka-style.hatenadiary.jp

 

こんな風に、海沿いの町で古書店ができたら素敵だろうな。でも、海風と古書はまったく相性が悪そうですが・・。希覯本のコレクションへの興味もあります。

 

この本では、プリンストン大学のあるニュージャージーCamino islandがあるとされるフロリダ、ブルースの妻ノエルが出かけるフランスのアヴィニョン、後半でブルースとノエルが訪れるパリ、マーサーが勤める大学のあるノースカロライナ、南イリノイなど、広範囲に場面が動きます。旅をしているようで、これもまたいいです。

 

続編も出るそうで、楽しみです。

 

「グレート・ギャツビー」を追え (単行本)

グレート・ギャツビーを追え / ジョン・グリシャム著 ; 村上春樹

東京 : 中央公論新社 , 2020

413p , 20cm

書名原綴り : Camino island

 

第100号:ヴァーラーナシーに行ってから読みたい・・・「象牛」

石井遊佳さんの「象牛」を読みました。以前、TBSの深夜番組「ゴロウデラックス」という稲垣吾郎さん司会の読書バラティーがやっており、毎週楽しみにしていました。(その番組は惜しまれながら、SMAP騒動の少しあとに終了してしまいました・・・涙)

 

その番組で、「百年泥」で直木賞を受賞したこの石井遊佳さんが出演していたことが記憶にあります。インドで日本語教師をされていたということもあり、個人的には興味津々でした。

 

直木賞のあとの作品であるこの「象牛」を今回読みました。

大学院のインド哲学の研究室所属の主人公♀が、担当教官である片桐♂がインドのヴァーラーナシーで行われる学会に出席するということを聞き、急遽彼を追って、この地へやってきます。

 

現地へ来たものの片桐とは、連絡も取れずにいます。ヴァーラーナシーに滞在しながら、主人公「私」は片桐と初めての2人きりで会話したときに、彼に質問した<シヴァの三つの聖地>を一人巡っていきます。そんなおり、同じ研究室の岩本がヴァーラーナシーに現れて・・・。

 

この小説の中には、主人公「私」がたびたび遭遇する「象牛」という牛のような象のような架空の動物、ヴァーラーナシー周辺で目にするリンガ茸という物体など、なかなか想像が難しい、でもインドらしいようなカオスに満ちたものが出てきます。

 

ヒンドゥー教の最大聖地ヴァーラーナシーは、バナーラスやベナレスと言ったほうがイメージが湧きやすいかもしれません。テレビでガンジス川で沐浴をする様子を見たことがあると思いますが、そのガート(沐浴場)の周辺の様子も出てきます。

 

しかしながら、インド未踏の人にとっては、かなりイメージが湧きにくく、そこが読んでいてもどかしくなります。おそらく一度足を踏み入れた人には、もっともっとよくイメージできるのだと思います。

 

これを読むとやっぱり一度はインドに行かないと、と思います。インドは若いときに行け!と若い人には言いたい。でも、私も今からでも行きたいです。

 

このコロナ禍。インド、遠いなぁ。

 

象牛

象牛 / 石井 遊佳著

東京 : 新潮社 , 2020

195p , 20cm

 

 

 

 

第99号:聖地カイラス巡礼コルラ・・・「旅がなければ死んでいた」

坂田ミギーさんの「旅がなければ死んでいた」を読みました。センセーショナルなタイトルですが、旅っていいなあって思わせてくれる本でした。

 

著者は広告の制作会社で活躍していていましたが、30歳を前にしてうつ状態に陥ってしまいます。そこですっぱり会社を辞めて旅に出ます。付き合っていた彼とも別れてしまったタイミングでした。

 

彼女の旅は、少しマニアックで、一般的でない場所が多くて、彼女の感度の良さとバイタリティー、ハチャメチャさが旅先のチョイスからもあらわれていて、面白いです。

 

最後のロサンゼルスでの「犬顔さん」との出会いが、とても羨ましかったのですが、それはいい話すぎるので、ちょっと置いておいて。

 

チベットで聖地カイラス山の巡礼コルラについて書いていたところがとても印象的でした。カイラスは標高4675m~5660mあり、全長52kmある巡礼路で、タルチェン~ディラ・プク・ゴンパ(5,210 m)~ドルマ・ラ~タルチェンというルートでまわるのが一般的です。中国政府の許可書がないと巡礼できないという場所です。

 

ご存知のように中国とチベットとの関係は難しく、チベタンのガイドは許可書がない状態ではコルラに同行できません。そんな中、協力者のチベタンガイドもあり、コルラの巡礼を達成します。

 

日本ではチベット問題は多少は報道されますが、あまり知られていないと思います。ダライ・ラマの後継とされる、それぞれの政府が支持する2人の青年のことや政治弾圧されたチベタンやそれを怯えながらいまも暮らすチベタンなど、さほど長くない文章ですが、チベット問題の一端を垣間見ることができます。

 

チベタンのガイドのノブルさんの言葉は、歴史というものそのものの危うさを言い当てているように思いました。

 

「(前半略)ダライ・ラマ法王は『歴史はつくられている。だからそれを信じては行けない。自分で見たもの、感じたものを信じなさい』と言った。きみたちがチベットでも見たもの、感じたものこそが真実なんだ。だから、それを少しでもほかのみんなに伝えてほしい。それが、僕たちチベット人の願いなんだよ」

             本書「旅がなければ死んでいた」より引用

 

日本は過去の戦争を通して、この歴史が作られてしまう危うさをよく知っているのではないでしょうか。自分が「見たもの、感じたものこそが真実」というのは、コロナ禍のわたしたちにも言えることです。

 

ネットや文献だけだはわからない、旅に出て、その土地の人と会って感じることって、あると思います。特に政治については、文章で表すのが難しい部分もあり、実際にその土地に行って、聞いてみて、初めて知ることも多いと常々感じます。

 

チベット、一度行ってみたいなあ。

 

旅がなければ死んでいた (ワニの本)

旅に出なければ死んでいた / 坂田 ミギー著

東京 : KKベストセラーズ ,  2019

297p   , 19cm

 

 

 

 

第98号:2001年のグレート・ロサンゼルス・・・「夏への扉」

あけましておめでとうございます。昨年もお読みいただき、ありがとうございました。

昨年は、このブログと連動してInstagramも定期的に発信するようになり、皆さまに読んでいただき、反応を返していただきました。本好きの方がこんなにもいるんだと、密かに心が温まり、このコロナ禍の中でも、私の心の灯火(ともしび)となっています。大変感謝しております。

 

2021年になりました。今年の1冊目は、ロバート・A・ハインラインSF小説夏への扉』(新訳版)です。山崎賢人さん主演で実写映画化されるそうです。と、友人から教えてもらい、早速読みました。子どものときに夢中になって見た映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のモデルになった本であるということも。

 

この「夏への扉」は1957年に刊行されて、日本では1963年に翻訳出版されたそうです。この小説の舞台は、1970年のロサンゼルス。実際に刊行された1957年よりも先の未来の設定になっています。

 

主人公ダンは、技術者で「おそうじガール」や「まどふきウィリー」という機械をつくり、「おそうじガール社」を立ち上げていました。さらに、あらゆる家事をこなす完璧な自動機械(オートマトン)、「万能の召使い」(「ばんのうフランク」という名)や製図機などのいろいろなアイデアを構想したり、試作していました。

 

しかし、一緒に会社を経営していた友人のマイルズと会社の秘書であり恋人でもあったベルに裏切られて、株主総会で退陣させられる形で会社を取られてしまいした。そんな状況のダンは、保険会社の広告の低体温法睡眠(コールドスリープ)に興味を持ち、愛猫のピートともにコールドスリープで眠ってみるのもいいかもしれないと考えました。マイルズとベルを見ないでいい世界に行けるなら・・。そこで、70年いや、30年も眠ってしまえば、ベルはおばあさんになって、「痛快な復讐」ができるかもしれないなどと考えました。

 

コールドスリープの契約はしたものの、それはつかの間の思いで、やっぱりそんなことは取りやめることにしました。裏切ったマイルズとベルにこの詐欺的やり方に反論しに出かけていったときに、ベルに精神を麻痺させる注射を打たれて、コールドスリープの契約が彼らにわかってしまい、安息所(サンクチュアリ)に送り込まれてしまいました。ダンは、マイルズとベルに会いに行く前に危険を予期して、マイルズの前妻の継子で、愛猫のリッキーを可愛がっていた11歳のリッキーに「おそうじガール社」の株を譲渡する手紙を送っていたのでした。

 

そして、ダンが目覚めるとそこは2000年。彼の財産は、保険会社の倒産で無くなっていて、リッキーへ株も譲渡されておらず、リッキーがどこに住んでいるのかもわからない。自動車のスクラップの仕事をしながら、かつて暮らしていたロサンゼルス、2000年のグレート・ロサンゼルスへなんとかたどり着きました。紆余曲折、自分の作った「おそうじガール社(おそうじガール家庭機器・ギアリ工業k.k.)」で役員に迎えられます。そこでは、彼は広告塔の立場を求められましたが、技術屋として仲良くなった同僚から国家機密情報ではあるが、タイムトラベルができる話を聞き、その研究の権威トウィッチェル博士に会いに行きます。

 

ダンは、リッキーへの心残りがあり、どうしても30年前に戻り、したいことがあったのでした。そして、タイムトラベルをし、2001年のグレート・ロサンゼルスにまた戻ってくるのでした。このさきは是非本で読んでみてください。

 

それにしても、SFというのは馴染みのない私ですが、この本は面白かったです~。そして、1957年に書かれているのに、彼が開発していたとされる「おそうじガール」など、自動機械(オートマトン)はいま実際に実用化されている発想で、彼が目が覚めた世界の生活の快適さを彼は気に入るのですが、それも現代と重なるものがあり、これが60年も前に書かれたということに、本当にびっくりしてしまうのでした。

 

さらに、山下達郎さんの曲「夏への扉」の歌詞をあらためて見てみると、この本の事が書かれていて、これまたびっくりというか、自分の無知に少し呆然とするのでした。

 

ワタクシゴトですが、思いがけないコロナ禍。海外旅行の仕事が壊滅的な状況になりました。私は図書館司書の仕事や日本語教師の勉強という以前から興味があったことに着手はできたので、後退しつつ、少し前進するという暗中模索の毎日です。

 

この小説の猫のピートが各部屋の扉をダンに開けさせ「夏への扉」を探したように、ダンも「夏への扉」を探していました。そして、私も「夏への扉」を探しています。一つ時間をかけてわかってきたことは、私はやはり海外旅行の仕事が好きだと言う事でした。いやはや、私の「夏への扉」はいったいどこにあるのでしょう。

 

今年もどうぞよろしくお願いします。

 

夏への扉[新訳版]

夏への扉 (新訳版) /  ロバート・A・ハインライン著 ;  小尾 芙佐訳

東京 : 早川書房 , 2009

350p ; 18cm

書名原綴 : The Door into Summer

著者原綴 :  Robert A.Heinlein