第33号:ゴッホ終焉の地オーヴェール・シュル・オワーズ・・・「たゆたえども沈まず」 

2017年10月に単行本化された原田マハさんの小説「たゆたえども沈まず」。

揺蕩う(たゆたう)という言葉は、あまり使わないが、「物がゆらゆら動いて定まらない。ただよう。」ようすを表す言葉で、「動揺する」「ためらう」など、心の動きも表す言葉である。

 

この言葉は、この小説の中では、研究家のシキバ氏が登場するプロローグの部分と、ゴッホが描きたかたセーヌ川になぞりながら「たゆたいはしても、決して流されることなく、沈むことのない。……そんな船に。」と再起をはかったゴッホに語りかけたする林のセリフとして登場する。

 

この小説の舞台は主にパリで、日本からパリにわたり日本の古美術の販売を行ったパリの日本人林忠正の商いを手伝うために渡仏した後輩の加納重吉を中心に語られる。重吉は、フィンセント・ファン・ゴッホの弟で、林の経営する『若井・林商会』と競合するとも言える画商『グーピル商会』に勤めるテオこと、テトオドロスと出会い、二人は気が合い個人的な付き合いがスタートする。そうしている間に、絵を描いているという兄フィンセントとも出会うことになり、林とともにゴッホ兄弟と交友を深めていく。

 

フィンセントの絵は、まだ印象派でさえ、やっと認められ始めたばかりの19世紀後半にはまだ早かった。彼は、誰にも評価されず、悶々と暮らしていた。そして、日本の浮世絵に傾倒した彼は日本に行きたがったと言う。林の助言でアルルで、日本を見出すべく移り住んだが、ゴーギャンとも仲たがいし、耳切事件などトラブルを起こし、サンレミ療養院での精神療養などを経て、画家たちを支援し、自らも絵を描いたガシェ医師が住むパリの郊外オーヴェール・シュル・オワーズに移ることになる。

 

小説の中では、オーヴェール・シュル・オワーズに行く途中、パリに立ち寄り、結婚して子供が生まれたばかりのテオの家に3日間ばかり滞在して、オーヴェールに向かっていく場面が後半に出てくる。そして、オーヴェールに移って、2か月少しで、フィンセントがオーヴェールで銃で胸を打ち、瀕死の状態となり、テオが急いで出かけていき、最期を看取ったとされている。

 

私がオーヴェール・シュル・オワーズを訪れたのは、もう10年近く前のこと。セーヌの支流であるオワーズ川のほとりにある静かな美しい村である。(画像はそのときのもの)

 

そこに行く前に、すでにゴッホの絵は、パリの美術館やクレラーミュラーゴッホ美術館で見ていたので、とても感激した記憶がある。

 

この小説の冒頭にも出てくる、ゴッホが寝泊まりしていたラブー亭に立ち寄り、オーヴェールの教会や坂道、カラスの飛ぶ麦畑、フィンセントとゴッホの墓、そしてオワーズ川にも立ち寄ったことは、いつまでも記憶から離れることはない。

 

あの「カラスの飛ぶ麦畑」の印象は忘れがたい。ゴッホの描いた絵そのままで全く変わらず、そして何か胸に迫るものがあったからだ。

 

そして、この小説を読んで、またあの時の記憶がありありと蘇ってきた。ゴッホが自分で銃を撃った場所はいまだはっきりしていないが、私はあの村を歩いて、ここではないかと感じてしまう場所があったことも。

 

もう一度、オーヴェールを歩きたい。

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オーヴェール

 

たゆたえども沈まず

たゆたえども沈まず / 原田マハ

東京 : 幻冬舎 , 2017

408p ; 20㎝

 

 

第32号:パリの元❝ムルロー工房❞・・・「ロマンシェ」

原田マハさんの「ロマンシェ」は、ラブストーリーと聞いて読み始めた気がするけれど、少しコメディタッチで奇想天外なストーリーの中に、パリのリトグラフ工房 ❝ idem ❞が出てきて、その絡め方が上手だなと思ってしまった。

 

主人公の美智之輔は美大を卒業して、美大時代の憧れの同級生高瀬♂に思いを伝えられないまま、パリに留学にきた。かつて日本のアルバイト先のカフェで出会った超人気ハードボイルド小説の作者羽生美晴♀と偶然再会。美晴は訳あって、歴史あるリトグラフ工房❝ idem ❞に匿われていた。

 

そのリトグラフ工房❝ idem ❞はパリのモンパルナス界隈にあって、かつて❝ムルロー工房❞と呼ばれていた。長年ピカソなどの有名な芸術家の作品のリトグラフを職人たちの手でプレス機を使い、製作してきた。

 

今まで、深く考えることなしに、漠然とリトグラフ=複製くらいにしか思っていなかった私はこの本を読んで、リトグラフの奥深さに驚き、少し反省した。

 

この本を読んだのは2016年初頭の出版されて間もないころで、この本の出版と合わせて、東京ステーションギャラリーで、「idem展」(2015.12.4~2016.2.7)という企画展が行われていた。作中で、美智之輔が憧れていた高瀬が企画したことになっていて、この小説を読んで、さらに2度楽しめるような仕組みになっていた。

 

それから、月日が流れて、昨年2017年の夏頃、私はフランスの広告ポスターを描いていた、晩年フランスのトゥルーヴィル(ドーヴィルの対岸)に住んでいたレイモン・サヴィニャックリトグラフを手に入れた。

 

そして、その1980年代のリトグラフも、この❝ idem ❞こと、元❝ムルロー工房❞で刷られたものだった。この本を読んだときに感じた奥深さもすっかり忘れ、リトグラフを買うう頃になって、リトグラフというものの特性をあらためて知ることになった。

 

美術展でポスターや絵葉書を私はよく買い、気に入ったものを部屋に飾ることが結構あるが、何年かすると驚くほどに色褪せしている。でも、リトグラフは、色褪せないように作られている。もちろん、値段も一般的なプリントやオフセット印刷よりも高い。

 

原画を買うことまではできなくても、もっと手軽に、原画に近いものを自分の近くに置き、長年にわたり日々楽しみたいという庶民のニーズがリトグラフができたことによって実現されたと思う。

 

今は私自身、このサヴィニャックリトグラフを購入したことで、この本を読んでいるときに感じたリトグラフの奥深さをリアルに体験できていると思う。

 

ロマンシエ

ロマンシェ /  原田 マハ著

東京 : 小学館 , 2015

333p ; 19cm

 

 

 

 

 

 

 

第31号:豪華旅行にポジターノ・・・「朝の歓び」

またまた、宮本輝さんの本です。ナポリから南下し、ティレニア海に面したソレント半島の付け根にあるポジターノが出てくる「朝の歓び」。アマルフィから夏は船、または通年バスで行くことができる。

 

この本、私は2005年に読んだのに、読んだことを全く忘れていて、2,3年前に上下巻買って読み始めたら、あー読んだことあったーと気づいて・・・、再読。

 

ここでは、主人公の良介45歳があてもなく会社を辞め、少し前に妻が亡くなり保険金が入ったこともあり、妻が亡くなったことをきっかけに別れた日出子と彼女の故郷の北陸の町で再会し、日出子が行きたがっていた南イタリアポジターノに豪華旅行に行くことを良介が提案し、2人で旅に出ることにした。

 

日出子は、かつてポジターノに旅で訪れた時に、障害を持った少年パオロと出会った。そのパオロがどのように成長したか見たかったのである。

 

まずは、ローマに入ったが日出子の行動に一波乱、また、新婚旅行で、花婿に逃げれたさつきとも出会い、良介は日出子に内緒でさつきもポジターノに誘った。

 

ポジターノで、パオロは19歳になり、成長していた。決められた職場へのルートを往復することしかできないが、彼は革製品を作る工房で、決められた工程を作業し、自分でお金を稼ぐようになっていた。

 

良介はパオロの両親の苦労と、それでも惜しまない愛情をパオロから感じ、こんなセリフを言っている。

パオロを育てるにあたって、若かった夫婦には、前途は暗く、何もかもが絶望的で、頭を抱えて沈鬱にならざる得ないときばかりであったことだろう。

夫婦は、そのことに気づいて、自分たちがパオロという息子にしてやれることは、いかなる状況にあっても、笑顔で、明るく、陽気に接することだと決め、そのように努め、やがてその努力が、彼らに本来的な楽天性をもたらし、何もかもを突き抜けるような、真に幸福でありつづける人のような、陽気な笑顔の持ち主にしたのだ。きっと、そうに違いない・・・・。

パオロが通勤したポジターノへ向かうバス。アマルフィーからポジターノへ向かうバスの風景が思い浮かんでくる。海沿いのバスルート。たまに、無性に行きたくなったら、googleストリートビューで辿ってみると、少し楽しい気持ちになる。

 

便利な世の中だな。でも、やっぱり、実際に行きたいな。

 

新装版 朝の歓び(上) (講談社文庫)

新装版 朝の歓び(下) (講談社文庫)

朝の歓び / 宮本輝

東京 : 講談社文庫 , 2014

 

15㎝

新装版ー講談社文庫上下巻

 

第30号:ハメーンリンナのサマーハウス・・・「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

村上春樹氏の作品は、ほぼ欠かさず読んでいるが、彼の作品自体を語ることは、私としてはおこがましくて、なかなかできない。今回も小説の内容は、ともかくとして、この小説の中に出てくる、多崎つくるが友人を訪ねたフィンランドのハメーンリンナについて書きたい。

 

私は、村上氏の長編も好きであるが、どちらかというと、この小説のように長編とまでいかないミドルの長さの作品がとても好きだ。

 

正直なところ、タイトルだけでも十分に興味がひかれるし、「巡礼の年」というのはリストの楽曲から来ているとなれば、なおさら、気になって仕方ないという作品だった。

 

この小説の中に、多崎つくるが高校時代をいつも一緒に過ごした友人4人が出てくる。それぞれに名前には色がついていた。アオ、アカ、シロ、クロ。

 

その中で、クロと呼ばれたエリは、結婚をしてヘルシンキに暮らしているが、多崎つくるが訪ねた時にはハメーンリンナにあるサマーハウスで過ごしていた。

 

36歳になった多崎つくるが、かつての友人に会うためにフィンランドのハメーンリンナへ、初めての海外旅行となる旅に出たというのは、それだけでも彼にとっては重要な旅であったことが想像できると思う。

 

ハメーンリンナはヘルシンキから列車で1時間。スオミ(湖沼)の国といわれるフィンランドらしさが感じられる湖沼地帯にある町で、夏には、ムーミン博物館があるタンペレからシルヴァ-ラインという船で湖沼巡りをしながらハメーリンナへいく航路もある。ハメーンリンナには、「フィンランディア」を作曲したシベリウスが誕生した家がいまも残っている。

 

小説から離れて想像してみる。いつもヘルシンキに住んでいて、夏になるとハメーンリンナのサマーハウスに住むというのはどんな感じなんだろうと。短い夏を謳歌するというのはそういう生活なのかもしれないなと思う。いつまで経っても暮れない夏の夜。

 

北欧の白夜を想像しながら、もう一度、この小説を読んで見ようと思う。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (文春文庫)

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 / 村上 春樹著

東京 : 文春文庫 ,  2015

421p ; 16㎝

<2013年単行本初版>

 

 

第29号:「ここに地終わり海始まる」・・・ロカ岬

宮本輝氏が書いた小説「ここに地終わり海始まる」。私がこの本を読んだのは、2005年で、ポルトガルのロカ岬がヨーロッパ最西端の岬であることは知っているけれど・・・という頃だった。

 

この小説では、ロカ岬の石碑に書かれた「ここに地終わり海始まる」という言葉が、冒頭から、とても印象的に使われていた。この詩は、ポルトガルの詩人ルイス・デ・カモンイス叙事詩ウズ・ルジアダス』の一節であるという。

 

ここに地終わり海始まる

ポルトガル語:Onde a terra acaba e o mar começa)

 

この詩は、ポルトガルの人はいまでもみな教科書で学ぶほどの愛国的叙事詩で、大航海時代ヴァスコ・ダ・ガマのことをうたっているという。

 

小説に話を戻すと、主人公である天野志穂子が、18年間結核の療養のためにいた北軽井沢の療養所で、ボランティアでコンサートに来た4人グループの1人である梶井から届いた絵葉書が、ロカ岬から出されたもので、岬にあるこの詩が刻まれた石碑が写っているものだった。

 

奇跡的に退院できた志穂子は、この1度しか見たことのない梶井に会いたくなった。この絵葉書に書かれていた「1日も早く病気に勝って下さい」と添えられた一文が病の志穂子を元気づけてくれていたからだった。

 

梶井は、その後紆余曲折ありながら、日本に帰ってきていた。志穂子が糸を手繰るように梶井を探していると、梶井の友人たちとも知り合いになり、志穂子は恋愛もしたが、いつも心の中で梶井が引っ掛かっていた。

 

あらすじを書くと長くなってしまうので割愛しますが、宮本輝氏らしい、読者を飽きさせないストーリーと、いつもながらに小説の中に差し込まれる言葉が(宮本氏からのメッセージと私は受け取っていますが)心を打ちます。

 

宮本氏の小説はたくさん読んでいますが、小説中に差し込まれたその言葉にいつもはっと気づかされることが多いです。特に「運」ということに関して、書かれていることがよくあります。

 

「運」が向こうからやってくる人というのはどういう人かということが書かれており、いつもはっとさせられるのです。この小説でも、「運が良くて愛嬌がある人間であること」や「不幸にならないための運」という言葉がでてきます。

 

話は、ロカ岬からそれましたが、大航海時代ヴァスコ・ダ・ガマをうたった詩である「ここに地終わり海始まる」。当時、地球は丸いという知識もままならない時代に、果てしのない、終わりのない旅に出たヴァスコ・ダ・ガマへどんな思いが込められていたのでしょう。

 

主人公の志穂子の心をとらえたように、この叙事詩の一説は、大西洋の海原を目の前に、一度は、ロカ岬、その地に立ってみたいという気持ちを奮い立たせる魔力のようなものがあるのです。

 

ここに地終わり海始まる 上 新装版 (1) (講談社文庫 み 16-20)

ここに地終わり海始まる (下) (講談社文庫 (み16-21))

ここに地終わり海始まる / 宮本 輝著

東京 : 講談社 ,  2008

15㎝ ー 新装版 上下巻

 

第28号:1950年代のロサンゼルス・・・「ロング・グッドバイ」

昨日と今日と日経新聞の文化面に、「チャンドラー長編7作 翻訳終えて」として、村上春樹氏によるインタビュー記事が出ていた。

 

2007年に、レイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」の翻訳をして、今回の「水底の女」をもって、長編7作を翻訳し終えたそうだ。

 

私もチャンドラーの作品を読んだのは、やはり村上春樹氏翻訳の「ロング・グッドバイ」が最初だった。それまでの私といえば、主人公である私立探偵フィリップ・マーロウの名前は聞いたことはあるものの・・・、という感じだった。そういえば、20年前くらいによく休みになると行っていた南葉山のレストラン「マーロウ」(今はプリンの名店として有名らしい)の名が、フィリップ・マーロウから来ていてるというのも、なんとなくピンとこなかったくらいだ。

 

それに、探偵もの、ミステリーというものをほとんど読まなかったというのもあった。しかし、この作品を読んだときに、ただの謎解きではなく、もっと人間らしさのある、滋味深いものに感じたことは確かだった。

 

ノートに書き留めておいた、以前、村上春樹氏がこの「ロング・グッドバイ」について語ったことを思い出す。この小説には、フィッツジェラルドの「グレート・ギャッツビー」に通じる、魅力のある人間がかかわっているといったことを。

フィリップ・マーロウはもちろんのこと、この小説で登場するテリー・レノックスという男。寂しげで、やさしさがあり、見た目にも格好いいが、人に頼らない、謎めいた男。

 

このテリー・レノックスはこの小説の肝とも言える人物である。他にも様々な興味のわく人物が登場している。それは戦友であったり、友情と人間味を持ち、権威主義に流されない同士だったり。

 

この小説の舞台は、西海岸のロサンゼルス街中やその郊外アイドルヴァレー(架空の地名らしい)という住宅地、国境を越えたメキシコ等が出てきたりする。

 

1950年台といえば、戦後それほど経っていないわけだが、アメリカは日本とは違って、びくともしておらず、豊かだったんだと、この小説を読みながら感じた。

 

そのころのロサンゼルスは、私の中ではアメ車がブルバードを今よりももっと悠々と走っているイメージ。郊外のお金持ちの住宅街はすでに切り開かれつつあって、メキシコから働きに来る人も多いというようなイメージが浮かんできた。あくまでも、私のイメージだけど。

 

もう、17,18年前のことだけれども、ロサンゼルスからやや南のトーレンスに友人が住んでいて、遊びに行ったことがある。そこからレンタカーで、グランドキャニオンまでに交代しながら8時間近いドライブ。なんとなく、そんな思い出と重ねて、この本を読んだ。また、ロスに行きたいかも。

 

ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11)

ロング・グッドバイ  / レイモンド・チャンドラー著 ; 村上 春樹訳

東京 : 早川書房 ,  2010

645p  ; 16㎝

 

 

 

 

 

 

 

第27号:「前世への冒険」に自分をかさねて、フィレンツェへ

「前世への冒険」は、著者の森下典子さんのノンフィクションのお話で、だいぶ以前に女優の杏ちゃんがこの原作の特番ドラマに出ていて、それに触発されて原作を読んだのでした。

 

ドラマを見た時もそうでしたが、原作を読んで、さらに引き込まれて、私も自分の前世をたどる旅をしたいと思ったのでした。できれば、私も前世はイタリア人、せめてヨーロッパ人がいいなと思い、最近では私も絶対前世はイタリア人だったと信じて疑わないようになってます。(笑)

 

森下さんは、前世を診ることのできる女性のもとに行き、その女性が言うことには、1人目は有名な僧侶の弟子である人物、2人目はこのルネサンス期にフィレンツェで活躍した彫刻家で、デジデリオという人物だと知るのでした。

 

森下さんは、彼の足跡をたどるべくフィレンツェへ出かけていきます。サンタマリアノヴェッラ駅から町の中心へ向かう途中のサンタマリアノヴッラ教会の説教壇、サンタ・クローチェ教会の『カルロ・マルズッピーニの墓碑』は、デジデリオが一人前の彫刻家として最初に仕事したものだそうです。


ノヴェッラ駅から徒歩三分ほどの二ツ星のペンショーネのARBERGO DESIREE(デジレ荘)のデジレはフランス語で、デジデリオという意味の名のペンショーネがあったりします。

 

彼は、ポルトガルポルトの出身で、ポルトガル枢機卿と異母兄弟だったそうで、森下さんはポルトにも出かけていきます。

 

フィレンツェで、たくさんのデジデリオと関係のある場所を訪ねます。モンテ・アレ・クローチェにあるサン・ミニアート・アル・モンテ聖堂には、デジデリオと従兄弟のように親しかったというアントニオ・ロッセリーノ作『ポルトガル枢機卿の墓碑』があります。デジデリオの住んでいた家やアトリエ、彼の墓などにも出かけていきました。

 

細い糸が絡まるようにつながっていて、それを1本1本たどっていくような旅で、なんとも自分の前世のように気になって仕方がないのです。

 

来年2018年に、森下典子さんの『日日是好日(にちにちこれこうじつ)』が映画化されるようです。それを聞いて、久々にこの本を思い出しました。

 

そして、初めて読んだときのように、フィレンツェを歩きたい気持ちになりました。

 

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今年の4月から、このブログを書き始めましたが、2017年も年末になってしまいました。読んでいただき、ありがとうございます。また、来年も宜しくお願いします。

 

前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って (知恵の森文庫)

前世への冒険ールネサンスの天才彫刻家を追って / 森下 典子著

東京 : 光文社 , 2006

303p ; 16㎝ 

 

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)

こちらが、映画化されるそうです。黒木華さんや多部未華子さん、樹木希林さんが出演するらしいですよ。