原田マハさんの「ロマンシェ」は、ラブストーリーと聞いて読み始めた気がするけれど、少しコメディタッチで奇想天外なストーリーの中に、パリのリトグラフ工房 “idem ”が出てきて、その絡め方が上手だなと思ってしまった。
主人公の美智之輔は美大を卒業して、美大時代の憧れの同級生高瀬♂に思いを伝えられないまま、パリに留学にきた。かつて日本のアルバイト先のカフェで出会った超人気ハードボイルド小説の作者羽生美晴♀と偶然再会。美晴は訳あって、歴史あるリトグラフ工房“ idem ”に匿われていた。
そのリトグラフ工房“ idem ”はパリのモンパルナス界隈にあって、かつて“ムルロー工房”と呼ばれていた。長年ピカソなどの有名な芸術家の作品のリトグラフを職人たちの手でプレス機を使い、製作してきた。
今まで、深く考えることなしに、漠然とリトグラフ=複製くらいにしか思っていなかった私はこの本を読んで、リトグラフの奥深さに驚き、少し反省した。
この本を読んだのは2016年初頭の出版されて間もないころで、この本の出版と合わせて、東京ステーションギャラリーで、「idem展」(2015.12.4~2016.2.7)という企画展が行われていた。作中で、美智之輔が憧れていた高瀬が企画したことになっていて、この小説を読んで、さらに2度楽しめるような仕組みになっていた。
それから、月日が流れて、昨年2017年の夏頃、私はフランスの広告ポスターを描いていた、晩年フランスのトゥルーヴィル(ドーヴィルの対岸)に住んでいたレイモン・サヴィニャックのリトグラフを手に入れた。
そして、その1980年代のリトグラフも、この“idem ”こと、元“ムルロー工房”で刷られたものだった。この本を読んだときに感じた奥深さもすっかり忘れ、リトグラフを買うう頃になって、リトグラフというものの特性をあらためて知ることになった。
美術展でポスターや絵葉書を私はよく買い、気に入ったものを部屋に飾ることが結構あるが、何年かすると驚くほどに色褪せしている。でも、リトグラフは、色褪せないように作られている。もちろん、値段も一般的なプリントやオフセット印刷よりも高い。
原画を買うことまではできなくても、もっと手軽に、原画に近いものを自分の近くに置き、長年にわたり日々楽しみたいという庶民のニーズがリトグラフができたことによって実現されたと思う。
今は私自身、このサヴィニャックのリトグラフを購入したことで、この本を読んでいるときに感じたリトグラフの奥深さをリアルに体験できていると思う。
ロマンシェ / 原田 マハ著
東京 : 小学館 , 2015
333p ; 19cm