東京は3度目の緊急事態宣言に入り、今年もまた旅にも出られないゴールデンウィークになってしまった。私にとっては、ここのところ、やらなければいけないことばかりが頭をもたげ、心がざわざわ、本が読めない日々だった。
ゴールデンウィークに入って、やっと気持ちの落ち着きを取り戻し、「旅する練習」を読んだ。
主人公私の姪っ子の亜美(アビ)が、鹿島でのサッカーの夏合宿のときに、合宿所から持ってきてしまった本を返し行くということを名目に、2人で旅に出ることにした。
コロナの状況が悪くなりはじめた2020年の3月。
姪っ子の亜美(アビ・鳥のアビから由来)の中学受験が終わり、サッカーの名門の私立中学に入ることになっている。この旅ではサッカーボールを持って、川沿いの道でリフティングをしながら歩いて、合宿所のある目的地の茨城県の鹿嶋を目指す。私は小説家なので、好きな鳥類のことや時折文豪の過ごした町やゆかりの地を通りながら文章をしたためていった。
千葉の我孫子駅から出発。まずは手賀沼のほとりを歩く。利根川につながる川沿いの道をサッカーボールと戯れながら、佐原、小見川と千葉側を歩き、茨城側へ入り神栖、鹿嶋と行くルートで描かれている。
旅の途中には、みどりという、ちょうど大学を卒業して内定が決まっているという女性と木下(きおろし)貝層で出会った。彼女も鹿嶋にあるカシマスタジアムを目指していた。そこで3人の旅が始まった。
旅とは、あらためて自分を振り返る時間でもある。みどりも、初めてそんな時間を持った1人だった。この旅では、年下の亜美がみどりを勇気づける存在であり、頼もしい。
歩き旅の時間の中では、時に自問し、自分の不甲斐なさを感じたり、将来について考えたりする。そして、旅は出会いと別れだと思いながら読んでいた。
しかし、そうすんなりとは終わらなかった・・・。
あとは、読んでみてほしい。
この小説で6日間で歩いたとされるルートをかいつまんで書くと、スタート地点の我孫子の手賀沼のほとりの白樺派の志賀直哉やバーナードリーチ、柳宗悦(三樹荘)、嘉納治五郎が住んだエリア。滝不動、滝井孝作の旧居跡、鳥の博物館。その先の布佐では柳田國男が住んだエリアがあり、木下には貝層があった。水郷の町佐原は小島信夫の「鬼」で描かれた場所で、小島信夫が教師として赴任していた時代もあったという。そのあと、利根川を越えて、千葉側から茨城側に入り、北上。
そして、最終目的地の鹿嶋には鹿島神宮があり、社殿のある霊験あらたかな雰囲気の森参道を思い出し、旅の最終地にふさわしいと思った。
私はこのルートを、歩きではないが、車で旅したことがある。宿泊したのは大洗だったが、途中のカシマスタジアムを見たときには想像していたよりも大きく、そして、周りに何もなくて、びっくりした記憶がある。
この小説とほぼ同じルートなので、なじみ深く、さらに滝井孝作や柳田國男や小島信夫のゆかりの地があったことを知り、あらたな発見もあった。
歩いて旅するのもいいかもしれない。
旅する練習 / 乗代 雄介著
東京 : 講談社 , 2021
p170 ; 20cm