第46号:護国寺をぶらりと・・・「生きるとか死ぬとか父親とか」

長くお休みしており、失礼しました。

サマーヴァケーションが終わり、ほっと秋を楽しもうとしたところに、台風の影響による関空閉鎖。お客様が搭乗するはずの飛行機が次々と欠航⇒代替便にヤキモキ・・・、もう疲れました。そして、今週やっと落ち着いて、本が読めています。

 

ジェーン・スーさんの「生きるとか死ぬとか父親とか」を読みました。

 

たしかに、自分の父親の父親以外の姿というのはあまり知らなかったりします。たとえば、自分が生まれる前の父の放蕩ぶりとか恋愛とか、そういうのってあまり知らないです。(知りたくなかったりする)父親の昔の写真というのも、ほぼ興味もなく見たことがないという方がほとんどではないでしょうか。

 

ジェーンさんは、お母さんとの別れの時のように知らないまま終わりたくないと、父やその周りの親戚に聞いてみたりするのです。

 

ジェーンさんの子供のころから住んでいらっしゃった小石川の実家は、すでに手放されてしまったとのことですが、その周辺を歩くと懐かしさと切なさを感じるような気持ちが何となくわかるような気がします。

 

この本の冒頭、お父様とジェーンさんは、お正月に護国寺で、お墓参りが恒例となっているところからスタートしますが、実は私の父は、満州生まれの護国寺育ち。なんとも、近いエリアで、ぐっと私も手繰り寄せられてしまいました。

 

私が生まれたのは、川口なので、護国寺はたまに通ると、大通りに面して、護国寺の入り口のすぐそばのかつて父家族が小料理屋をやっていた古い建物を見つつ、群林堂の豆大福を買うぐらいで、大して馴染みはないのですが、なんとなく縁を感じると土地です。

 

小学生の時に、私の学校の110周年記念文集に、小学校をテーマにした文章を書くというので、父と母の小学校のことを織り交ぜて書いたことがあります。その文集は、いまでも残っていますが、その中で、父の通っていた文京区立青柳小学校が首都高速ができるために移転させられたなんて話も聞いていたので、すごく記憶に残っています。(正直言って、母の通っていた五反田の学校がどこなのかさえも覚えていません)

 

ジェーンさんの話に戻しますが、ジェーンさんのお父様は、なんとも東京人という感じの粋さと、丸くなったということですが、なにか核心を突くようなことをズバッという方で、なかなか面白い方です。さすが、この父にしてこの娘という感じの親子で、これもまた素敵なのです。

 

そして、お父様の女性がほっておけない、手を貸したくなってしまうような愛嬌というか魅力があって、これまた父親としてでない顔の一つで、こういうことも含めて、父親の一個人としての存在を認められるように、人は歳をとっていくんだなあと、ジェーンさんと同い年、同じ月生まれの私は感じたのでした。

 

生きるとか死ぬとか父親とか

 

生きるとか死ぬとか父親とか / ジェーン・スー

東京 : 新潮社 , 2018

20cm ; 240p