宮本輝氏が書いた小説「ここに地終わり海始まる」。私がこの本を読んだのは、2005年で、ポルトガルのロカ岬がヨーロッパ最西端の岬であることは知っているけれど・・・という頃だった。
この小説では、ロカ岬の石碑に書かれた「ここに地終わり海始まる」という言葉が、冒頭から、とても印象的に使われていた。この詩は、ポルトガルの詩人ルイス・デ・カモンイスの叙事詩『ウズ・ルジアダス』の一節であるという。
ここに地終わり海始まる
(ポルトガル語:Onde a terra acaba e o mar começa)
この詩は、ポルトガルの人はいまでもみな教科書で学ぶほどの愛国的叙事詩で、大航海時代のヴァスコ・ダ・ガマのことをうたっているという。
小説に話を戻すと、主人公である天野志穂子が、18年間結核の療養のためにいた北軽井沢の療養所で、ボランティアでコンサートに来た4人グループの1人である梶井から届いた絵葉書が、ロカ岬から出されたもので、岬にあるこの詩が刻まれた石碑が写っているものだった。
奇跡的に退院できた志穂子は、この1度しか見たことのない梶井に会いたくなった。この絵葉書に書かれていた「1日も早く病気に勝って下さい」と添えられた一文が病の志穂子を元気づけてくれていたからだった。
梶井は、その後紆余曲折ありながら、日本に帰ってきていた。志穂子が糸を手繰るように梶井を探していると、梶井の友人たちとも知り合いになり、志穂子は恋愛もしたが、いつも心の中で梶井が引っ掛かっていた。
あらすじを書くと長くなってしまうので割愛しますが、宮本輝氏らしい、読者を飽きさせないストーリーと、いつもながらに小説の中に差し込まれる言葉が(宮本氏からのメッセージと私は受け取っていますが)心を打ちます。
宮本氏の小説はたくさん読んでいますが、小説中に差し込まれたその言葉にいつもはっと気づかされることが多いです。特に「運」ということに関して、書かれていることがよくあります。
「運」が向こうからやってくる人というのはどういう人かということが書かれており、いつもはっとさせられるのです。この小説でも、「運が良くて愛嬌がある人間であること」や「不幸にならないための運」という言葉がでてきます。
話は、ロカ岬からそれましたが、大航海時代のヴァスコ・ダ・ガマをうたった詩である「ここに地終わり海始まる」。当時、地球は丸いという知識もままならない時代に、果てしのない、終わりのない旅に出たヴァスコ・ダ・ガマへどんな思いが込められていたのでしょう。
主人公の志穂子の心をとらえたように、この叙事詩の一説は、大西洋の海原を目の前に、一度は、ロカ岬、その地に立ってみたいという気持ちを奮い立たせる魔力のようなものがあるのです。
ここに地終わり海始まる / 宮本 輝著
東京 : 講談社 , 2008
15㎝ ー 新装版 上下巻