第43号:「ティラミスとエスプレッソ」が流行ったころの九十九里

今から思えば、80年代のバブルの頃には「イタ飯ブーム」というのがあって、その流れの延長で、90年代にティラミスが流行ったのかもしれない。

 

当時、「エスプレッソ」として、今まで飲んだことのない苦いコーヒーが日本でも市民権を得はじめたが、イタリアで一般的に「CAFE」と言われて、普通に飲まれているコーヒーが「エスプレッソ」という言葉にして、「日本女性」⇒「ゲイシャ」のように伝わったような感じがして、少し旧時代的なイメージで考えてみたりする。

 

そんな、バブルがはじけ、片岡義男の角川の赤い背表紙の本のシリーズの後期にあたる平成2年(1990年)に出版された片岡義男著「恋愛小説2」という短編集を久しぶりに読んだ。おそらく22,23年前だと思う。

 

この短編集を読んだのは、5つの短編の中の1つ、「ティラミスとエスプレッソ」を読みたかったからだった。20代の私が、とても気に入ったという記憶だけあった短編。

 

ライオンの像のある百貨店の前で待ち合わせた二人の男女。半年ぶりに会うという。その百貨店の吹き抜けのほとりにある3階のカフェで、ティラミスとエスプレッソを注文して語り合う。

 

広告代理店のCMを作るセクションに勤める彼女は仕事を抜け出して、束の間の時間を過ごすつもりでいたが、二人で話しているうちに、これから海に行こうという話になり、二人は地下の食料品売り場へ行き、ワインとバゲット2つ、水牛のモッツァレラチーズを買う。一旦、二人は別れ、男はキャデラックを、近くで仕事する姉から借りてきて、二人は一路、九十九里町を目指しドライブする。

 

江戸川を過ぎ、ディズニーランド、市川、宮野木から京葉道路に入り、波乗り道路を通り、九十九里へ。浜辺で海を眺めながら過ごす二人。

そんな話だった。

 

九十九里の海に初めて行ったときには、波乗り道路という名前がとても印象的だった。九十九里は波が強くて、少し泳ぐと水着の中も砂だらけ。泳ぐには向かないなと思った記憶のまま、アップデートされていない。ほんとにサーファー向きの海。

 

だから、九十九里には、だた海を見に行くか、ハマグリを食べに行く。ひたすら遠いけど行く価値はある。

 

今から読むと、この小説のなにが私にとって魅惑的だったのか、正直よくわからない。でも、このあとがきのような最後の章に「消えた彼女たちを悼みつつ」という文章がある。

 

著者は、1990年に日本での、大学入学者の総数のうちの、「女子大生」の数は百万をついに突破したという発表記事から、それには「短大生」も含まれており、女性の就労人口が増えていることにも触れ、それでもその数もまた「パートタイマー」の数が含まれており、体裁よく整えられた数字の中に、「女性たちがいかに低い位置におかれたままであるか、すぐにはっきりとわかる」と記している。

 

著者は、「教育を半分以上、外国で受けた日本女性、つまりいまの日本という独特な土壌性から、少なくとも半分は脱出して自由になり得ている女性も、これからの小説の登場人物として有効だろう」と書いている。

 

この5つの短編に出てくる女性も「希釈」しているとはいえ、「彼女たちの鼻っ柱の強さはしっかり根拠を持っていて、充分強い」と書いている通り、昭和の過去の女性像とは少し違う、美しくて、芯の強い、新しい女性像がかかれていた気がする。

 

いま読むとさほど新鮮に感じなくなったのは、時代と私が変わってしまったからだろう。

 

それでも、いまも1990年とさほど、女性の地位が向上したとも思えないことに、正直なところ、がっかりしてしまった。体裁のいい数字には気を付けないと。

主体はいつも私たちなのだから。

 

そうそう通称「波乗り道路」が九十九里有料道路という正式名称だったことも、言われてみればそうだけと忘れていた。

 

当時は一部区間だったが、昨年の暮れに、全線開通(長生郡一宮町新地地先~山武郡九十九里町片貝地先)したのとのこと。

 

なにも、知らなかったなあ。

  

恋愛小説〈2〉 (角川文庫)

恋愛小説2 / 片岡 義男著

東京 ; 角川書店 , 1990

15cm , 237p

 

ティラミスとエスプレッソ