第10号:「リーチ先生」がたどり着いた地

“リーチ・ポタリ―”と呼ばれるバーナード・リーチの窯があるイギリスのコンウォール州のセント・アイヴス。

 

以前勤めていた旅行会社で、コーンウォールを観光するツアーがあって、セント・アイヴスを入れていたことがある。バーナード・リーチを知る人にとっては是非とも行ってみたい場所(私もその1人)であるが、知らない人にとっては、「つまらなかった。時間の無駄。」となってしまうらしい。常々思うことだけど、旅の楽しみ方はひとそれぞれ。結局は、なにが自分の心に響くかというところだと思う。

 

この小説は、原田マハさんによるものであるが、物語の中で、バーナード・リーチがイギリスから来日し、どのように生活し、彼なりの芸術活動を行い、民藝運動の中心人物である柳宗悦らと知り合い、陶芸そして日本に魅せられていったのかということが描かれている。

 

登場人物の沖高市という青年が、大分県の小鹿田(おんた)焼の窯元に訪れたリーチ先生の世話係に任命されるところから話が始まる。高市の亡き父・亀乃介も、この小鹿田の隣の小石原という場所に自分の窯を持つ前の若き日に、リーチ先生の助手として、最も彼の身近にいた人物だった。

 

リーチ先生は亀乃介を伴い、陶芸の窯を求めて、いくつかの地を経て、千葉県我孫子の柳邸の近くに窯を構え、創作活動にはげみ、手賀沼の湖畔の風景を気に入っていた。そして、その地を後ろ髪を引かれながらも離れなければならず、東京の麻布に移り、その後、イギリス人の妻とともに、故郷のイギリスへ帰っていった。

 

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そして、リーチがイギリスでたどり着いた地が、セント・アイヴス。イギリスの地図の南西に突き出すように伸びるコーンウォール半島の突端に近い町である。そこで、彼は陶芸に合う土を見つけ出すためにさまよい歩き、やっと自分の理想とする窯をセント・アイヴスに築き上げたのだった。そして、物語の最後に、高市が向かう場所は・・・。

 

5年ぐらい前に、日本橋高島屋で、「バーナード・リーチ展」が開催されて、その展覧会の脇では、「用の美」という言葉が吊りさげられ、バーナード・リーチが訪れた全国各地の窯で焼かれた陶器、その他、家具や平たく言うと民芸品と呼ばれるものの販売も行われていた。私はその時、初めて、小鹿田(おんた)焼の飛び鉋と刷毛目の皿と波佐見焼のマグを買った。それ以来、民藝運動にご執心である。

 

もちろん、洋食器で好きなものもあるが、リーチが影響を与えたとされる全国各地の窯の作品は、なんとなく小粋さがあると思う。日常的に、それらの器を使うたびに、まさに「用の美」だなと実感できるのである。

 

リーチ先生

リーチ先生  / 原田 マハ [著]

東京 : 集英社, 2016

472p ; 20㎝