第91号:豊かさについて考える・・・「ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が『豊か』なのか」

2019年2月に刊行された「ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が『豊か』なのか」を読んだ。来週に試験が迫っているのに、つい手元に届いたので、一気読みしてしまった。

 

タイトルがセンセーショナルなので、つい読んでみたくなる本である。年290万円とはドイツ人の平均可処分所得だと言う。

 

でも、このような欧州の国との比較系の本はたくさん読んでいるので、「結局、社会制度が違うから違うのよね」と完結する本だったら嫌だなあと思いながら読んだが、そこよりもドイツ人のメンタリティー中心で、プラス社会制度について書かれていたので、好感が持たれた。

 

著者は、昨年時点で、ドイツに住みはじめて29年になるという。現在、ミュンヘン在住。日本に居るときには寝る間も惜しむように忙しく働く記者生活を送っていた時代もあったようだ。だからこそ、日本との比較も的を得ていた。

 

ドイツはGDP国内総生産は、日本よりも順位が下であるが、国民一人あたりの労働生産性では日本のかなり上を行く。単純に言えば、労働時間が短いのに、生産効率がいいということになる。

 

労使交渉がちゃんと行われるドイツ。本書記載の産業別労組IGメタルの労使交渉では、育児・介護などによる2年間を週35時間→28時間、年間追加給与の代わりに有給8日間(もちろん従来も有給消化率はほぼ100%)を増やすことができるという内容を盛り込んで合意したという。最近は、アンケートによるとお金よりも休みを選ぶ人が多いことも述べている。

 

制度面で羨ましいというだけではありきたりであるが、日本のサービスはお客様ありきで、過剰な部分が多く、それがかえって労働者の長時間労働を(ストレスも)招く結果になっていると言う。

 

ドイツは徹底して、「サービスは有料」という概念が叩き込まれているし、倹約家の多いドイツでは、別途チップなどのサービスの対価を払わないように自分でできることは自分でするという習慣がついているという。

 

日本のサービスは、お客様に寄り添い、親切、丁寧。宅配は2,3時間おきの時間指定の受け取りができ、ほぼ遅れることはない。コンビニは24時間営業している。不便とはかけ離れた生活。

 

サービスされる側が嫌な目に合わさせるというのは、日本ではまず皆無に近い。でもドイツは、お客よりも店の規則優先なので、分業スタイルで手が空いている人が他の人のサポートに回ったりもしないので、お客は待たされたり、サービスは悪くて、不便。

 

でも、無料の過剰サービスで時間を取られたら、日本のように生産性は悪いのは当たり前。利用者がドイツのように「サービスに期待しない」という日が来るのは、日本人にとっては難しいかもしれない。もちろん、日本のサービスの優秀さ、利用者に取っていいところが十分にある。

 

しかし、著者が言うように、過剰なサービスは不要だと思う。「そこそこの~」ということを目指してみてもいいと思う。 

 

著者の住むミュンヘンを思いながら読んでいた。次の旅は、夏にミュンヘンだけに行くのもいいなあと考えたり。

 

アルテ・ピナコテーク、ノイエ・ピナコテークにも、BMW博物館にも行きたいなあ。ガルミュッシュ・パルテンキルヒェンに足を延ばし、ドイツ最高峰のツークシュピッツェに列車で上がってみたい。夜はビアホールで地元のビールを飲んで。

 

そうそう、ドイツには「労働時間口座」というのがあって、7時間以上働くとプラスで、少ないとマイナスで記載されるという。それを読んで、ガルミュッシュ・パルテンキルヒェン生まれだというミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出してしまった。

 

「豊かさ」とはなんだろうと改めて考える。お金やモノがさしてなくても、「自由時間」があるということは、ドイツ人だけでなく、日本人も求めている真理なのではないかと思う。時間があれば、自分の大切なものにその時間を使うだろう。

 

この本が刊行されたあと、くしくもコロナ禍となり、思いがけない自由時間ができた。日本も少しづつ変化するかもしれない。

 

いつのまにか、お金と引き替えに時間泥棒に、時間を売ってしまわないように。 

 

 

ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか (青春新書インテリジェンス)

ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が『豊か』なのか / 熊谷 徹著

東京 : 青春出版社 , 2019

187p ; 18cm

 

モモ (岩波少年文庫)