第74号:ローマのテベレ川近くに住む家族の話・・・「靴ひも」

もしも忘れているのなら、思い出させてあげましょう。私はあなたの妻です。

この強烈な手紙の一節から始まるドメニコ・スタルノーネ著の「靴ひも」を読みました。少し前に新聞各社の週末の書評に出ていたので気になっていました。やはりイタリア自体が好きなので、イタリア文学にはついつい目が行ってしまいます。

 

ある家族の40年近い歳月が刻み込まれた内容となっています。そして、家族にしかわからない出来事やエピソードというものはたくさんあるのですが、その出来事やエピソードが家族それぞれに一方的から見た視点で書かれています。「考え抜かれたプロット」と訳者が言う通り、伏線となるモチーフと話のテンポ、過去と現在が交錯するそれぞれのモノローグが読者を巻き込んでいきます。

 

第1の書、第2の書、第3の書という構成で、原書ではイタリア語で本という意味のLibroという言葉で表現されていると訳者あとがきにはありましたが、それぞれの書物が独立した手紙とモノローグでありながら、同じが家族であっても、これほどに見方が違うのかと思い知らされます。

 

第1の書は、妻であり母ヴァンダが、愛人のもとへ突然出ていってしまった夫アルドへ送った9通の手紙。

 

第2の書は、結婚してから52年が経ち、80代を前にしたヴァンダとアルド夫婦が海へ1週間のヴァカンスに行きます。ヴァカンスから帰宅後に家が荒らされているという出来事があり、荒らされた部屋の中で夫アルドのモノローグとして書かれています。かつて妻が夫へあてた第1の書で出てきた手紙の束を読み返し、キューブのオブジェに隠したポラロイドの写真の喪失などとともに諸々の回想が展開します。

 

第3の書では、40代になった娘のアンヌのモノローグとして書かれています。両親のヴァカンス中に留守宅での猫ラベスの餌やり当番を頼まれていた夫婦の2人の子どもの兄サンドロと妹アンヌ。仲たがいをしている兄妹ですが、アンヌが話を持ちかけ、ヴァカンス中の両親の家で会うことになり、兄妹の過去の記録の照らし合わせが行われますが、過去の出来事に対する食い違いが生じ、いつものごとく喧嘩になります。しかし、妹アンヌが気づいた父の名付けた猫の名前の意味や兄サンドロは昔から知っていた父の書斎のキューブに隠されたポラロイド写真の存在をきっかけに思わぬ方向へ展開します。

 

1970年代に愛人との生活を取ったアルドは約5年後に家族のもとに戻り、一見幸せそうに見える家族に戻りましたが、修復したようで「修復不能な禍根」を残しています。

 

クライマックスはお話できませんが、深淵と言うのはこういうものなのかと考えてしまいました。

 

この作品に出てくるのは1970年代のイタリアです。イタリアに仕事で行くことで、驚いたことがいくつかあるうちの1つですが、イタリアで離婚が法律として認められたのは1970年とのことです。この小説の中でも、女性が離婚をするということの難しさが文章ににじんでいます。

 

現代であれば、離婚すればという選択肢が易々と出るかもしれませんが、イタリアでは1970年に法律は成立したものの、世間の冷たい仕打ちがあり、女性が離婚することの難しさというのが宗教上の観点から多分に影響していたと聞いています。その話を聞いた時に日本に似ていると感じた記憶があります。イタリアの1970年代と言うのは、そんな時代だったと思って読むとなぜ妻ヴェンダが夫と家庭に執着したかもイメージしやすいかもしれません。

 

娘のアンナが大っ嫌いだという、家族の家があったテベレ川に近いマッツィーニ広場のあたり。

 

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ローマは中心部から北側にパリオリ地区があったり、比較的閑静な住宅街は北側にあります。サンピエトロ寺院北側にあるマッツィーニ広場は、正式名所は”Fountain Piazza Mazzini”というだけあって、真ん中に噴水がある丸いラウンドアバウトのようになっている広場で、パリの凱旋門のように放射線上に通りがのびており、瀟洒な建物が立ち並ぶエリアで、夫アルドがテレビの仕事をし、ある程度の成功をおさめたと想像できるようなよい住宅街のイメージです。

 

新型コロナで旅にも出れませんが、Googleストリートビューでマッツィーニ広場を見ながら読んでみるとよりローマの家のイメージが自分の中でも湧いてきます。

 

頑張れ!イタリア。

 

靴ひも (新潮クレスト・ブックス)

靴ひも / ドメニコ・スタルノーネ著 ; 関口 英子訳

東京 ; 新潮社 , 2019

208p , 19㎝