第59号:平和でないと旅には出られない・・・「帰還 父と息子を分かつ国」

2018年11月日本で翻訳されたリビア人の作家ヒシャール・マタール著の「帰還」を読んだ。近い過去で、問題が解決していないことにやるせない気持ちになった。

 

著者は1970年ニューヨーク生まれである。両親はリビア人で、著者は父の赴任先で生まれた。幼少期をリビアの首都トリポリで過ごすが、一家は80年代にはリビアを離れエジプトのカイロで過ごすことになる。著者の父は政府の仕事を辞め、貿易商として財を築き、反体制運動のリーダーとして活動していた。

 

著者の生まれるすぐ前の1969年に、27歳だったムアンマル・カダフィ(のちのカダフィ大佐)がクーデターを起こし、イドーリス国王を退位させた。そして、表向きは「直接民主主義体制」という名で政権を握り、権力を自身に集中させた。以後42年間、カダフィ政権が続いた。

 

著者は、2009年にチュニジアに端を発した「アラブの春」からの北アフリカ民主化運動が起こり、2011年にリビアカダフィ政権が倒され、やっと民主化へ舵が切られたと思われた束の間の2012年3月にリビアへ帰還したときのことと、リビアの内政、アブサリム刑務所のことなどが織り交ぜて書かれている。

 

1989年、著者の父はジャーバッラーは拉致された。当初エジプトで収監されているという情報を耳にしたが、リビアの主に政治犯収監するアブサリム刑務所で見かけたという協力者の証言からリビアに連れ去られたことが判明する。そして、数々の収容者の証言からも、著者の父は反体制派のリーダーとして、特にカダフィ政権から敵視されていた印象を感じる。

 

著者の親戚も4人収監され、後に釈放されたことで、父がアブサリムにいたことは後にはっきりしたが、カダフィ政権が倒され、アブサリム刑務所が大槌で破壊されたが父の行方は結局分からなかった。

 

著者のイギリスでの父の行方を知るための活動、カダフィ政権崩壊寸前まで続いたカダフィの次男とのやりとりなど、興味深いものがある。

 

現在のリビアは、著者が帰還したころの束の間の民主化への動きも結局実らず、2018年12月に行われるはずだった大統領選挙も結局延期になり、アラブの春民主化運動の際に政権を取った「トブルク政権」とイスラム勢力の「トリポリ政権」が対立するという新たな問題が起きている。

 

以前勤めていた会社で、カダフィ―政権だったころの2006、7年頃まで、リビアへのツアーを出していたことがある。警察とレンジャーが護送し、シェフを伴って移動するキャラバン型のツアーだった。その後は、リビアのツアーは販売中止になったが、皮肉にもカダフィ政権の時には旅が出来るほど安定していたのかもしれない。

 

この本を読んで、著者のいとこで、反体制派として若くして戦い亡くなっていった人たちを知ると、国の平均寿命が長いということは、戦争が長いことないということなのだと実感する。

 

そして、旅に出られるのも、旅に来てもらえる国というのも平和がベースになっているとあらためて思う。

 

帰還: 父と息子を分かつ国

 

帰還 / ヒシャーム・マタール著 ; 金原瑞人・野沢佳織訳

東京 : 人文書院 ,  2018  

309p ; 20㎝

英文原綴: The Return :Father,sons and the land in between

著者原綴: Hisham Matar