第49号:本の行商人たちに捧ぐ・・・「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」

以前、このブログの第22号で、内田洋子さんの「十二章のイタリア」の中で、特に印象に残った一章として、「本から本へ」というタイトルの章を取り上げました。

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その本の行商の村モンテレッジォに関わる話が、今年2018年4月に、1冊の本として、さらに詳しく、写真をまじえて書かれています。

 

あの「十二章のイタリア」の中で、どうしても気になって、忘れられずに印象に残った人は私以外にもたくさんいたと思います。この本を手にしたときに思わず小躍りしてしまう気持ちになりました。

 

私自身、海沿いのラ・スペッツァまでは行ったことがあるけれど、リグーリアの海から内陸に50㎞入ったモンテレッジォという村がいまいち想像ができないでいました。リグーリアから内陸に入った、3つの州の州境にあるものの、かろうじてトスカーナに属するそれでも、行くのにとてつもなく不便な山中に本に関わる村があるなんて。

 

山奥の小さな村は、イタリアでは毎年よく売れた本に与えられ、本選びの指標にもなるという"露天商賞"(日本の本屋大賞みたいなイメージだろうか)の発祥の地だという。

 

かつてこの村の人々は、小麦もオリーブも取れない山間部で、唯一ある石と栗を籠に詰めこみ、活版印刷(1445年)がグーテンベルグにより発明されたあと、村の近くを通るフランチジェーナ街道を辿って、フランスやスペインまで足を延ばし、空で帰るのはもったいないから帰り道に本を預かり受けて売り歩きながら帰路を辿ったという。

 

小さな村の石のレリーフには、あふれ出さんばかりの本を籠に入れた行商姿の男性の姿が彫られている。

 

この村の本の行商が本格的に始まった1800年代、本は知識人たちだけのものでは無くなり、もっと裾野の人々に広がりつつあった。また、北イタリアは、ナポレオン統治時代、オーストリア(ハプスブルグ帝国)の統治という時代を経ており、民族運動の高まりの中、革命家たちへも秘密裏に本は届けられた。ローマ教皇が禁止するような過激な内容の発禁本なども、禁止されればされるほど、民衆は欲しがるということもあったようだ。

 

今の時代も、情報が一番の価値を生むように、当世の最新の情報や、思想、それだけでなく娯楽という情報源も、人々が本を欲する大切な要素だったのかもしれない。いつの時代も人が求めるものは、形を変えても近いものがあるのかもしれない。

 

内田さんは、この村を、偶然この村出身のベネチア古書店の主人から知ることになる。居心地のいい、そして本に詳しく、店主にも会いたくなって通ってしまうような古書店

 

モンテレッジョ出身のかつての行商の末裔たちはこの村を離れても、本に関わる仕事をしているという。ああ、なんて素敵な話なんだろうと思う。

 

本書P.198引用「本の行商とは、本を売るだけではなかったようだ。現代の書店が、本を売るだけの場所ではないように。」

 

もし、私の夢がかなって古書店になれたら、そんなベネチア古書店のような店ができたらいいのと思う。そして、モンテレッジォの本への精神を見るべく一度は訪れてみたいと思う。

 

モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

モンテレッジォ : 小さな村の旅する本屋の物語

/ 内田洋子著

東京 : 方丈社 , 2018

P.346 , 20㎝