第2号:「ローマは光のなかに」

3月末に、久しぶりにローマに行った。いろいろな都市に行ったけれど、結局一番好きな都市は、やっぱりローマだなと思う。

そんなとき、映画「ローマの休日」のラストの記者会見のシーンで、オードリー・ヘップバーンが演じるアン王女が、一番良かった街を訊かれ、少し間をおいて、「ローマです」と確信をもってこたえるシーンが、思いだされる。「そう、私もローマです」と思わず画面につぶやきそうになる。

 

今年、2017年3月末のローマは、アーウィン・ショーのこの小説のタイトル「ローマは光のなかに」と何度もつぶやきたくなるほど、光にあふれていた。

 

この小説のあらすじを少し・・・、

昔、ジェイムズ・ロイヤルという名で、アメリカで活躍していた俳優だった主人公ジャック・アンドラスは、2回の離婚を経て、アメリカでの生活を捨て、3回目の結婚を機にパリで暮らしていた。彼は俳優の仕事をやめ、NATOの官僚をしていたが、そんなある日、アメリカを離れてから疎遠になっていた古い友人で、映画監督のデラニーがローマ(確かシネチッタ)で撮影をしていて、その吹替の仕事を秘密裏に依頼され、ジャックが引き受けた。

ジャックは長年疎遠にしていた友情にこたえるべく、ローマに来た。戦前(第2次世界大戦)、デラニーとジャックが組んでいたころの映画は素晴らしかった。そして、ジャックは、駄作しか作れなくなってしまったかつての親友デラニーが、起死回生をはかって、自分を呼び寄せたことを知り、2週間のつもりだったが、(デラニーが大怪我をしたこともあり)彼の為に働きたいと思っていた。自分に合わない官僚の仕事を辞めて、家族をローマに呼び寄せて、自分なりの仕事を始めてもいいのではないかと思っていた。そして、デラニーを疎遠にしていた裏切りなような日々を償いたかった。彼と組んで仕事をしていたころが、ジャックにとっても人生で最良の時代だったから。

しかし・・・。

 これ以上書いてしまうと読む意味がなくなってしまうので、やめておきます。

 

この小説の良さは、あらすじというだけでなく、ちりばめられた主人公にかかわるエピソードやセリフも素晴らしいのです。

 

たとえば、ジャックがカリフォルニアで小さな果物乾燥工場を経営していた父について語るシーンではこのように書かれている。

「いや、生活の手段だと割りきっていたよ。彼は事業をごたいそうなものとは考えていなかった。家族を養い好きな本が買えるだけ稼げば充分というのが親父の考え方だった。」

短いフレーズながら、ジャックから見た父とはどういう人で、彼がこう表現した意味を考えたりする。

 

また、2度目の離婚をした元妻カーロッタとヴァチカンに行き、システィーナ礼拝堂を見に行くまでのやり取りや空気感は、なんとも言えない緊張感と皮肉な言葉、そして共鳴のようなものがあり、昔夫婦だった男女の不思議さがあらわれていたりする。

読み終わる頃には、主人公のジャックという人物を敬愛さえしてしまうものがあるのです。

 

戦後の雰囲気の残るローマの話。きっと、その頃のローマも光があふれていたのだろう。

 

 

ローマは光のなかに / アーウィン・ショー ; 工藤政司 

東京 : 講談社 , 1994 , 599p ; 16㎝

英文書名: Two Weeks in Another Town  

 

ローマは光のなかに (講談社文庫)

ローマは光のなかに (講談社文庫)